日本語で「トランプ」と書くと、何をイメージしますか?米共和党(2024年7月時点では大統領候補)のトランプ氏でしょうか?それとも、ポーカーなどのゲームで使用するトランプでしょうか?
日本語では、文脈や説明からでないと判別できませんが、中国語では単体でどちらかなのかが明白です。政治家のトランプは「特朗普(tè lǎng pǔ)」、カードは「扑克牌(Pūkè pái)」と表記するからです(ちなみに英語では「Trump」と「(Playing) cards」)。
日本語には、外来語はすべてカタカナを使うため表記しやすいというメリットがあります。ただ、最近のビジネス用語など、実際のところ何を表しているのか分からないことも多々あります。
一方、中国語の固有名、人名は必ず漢字をあてるため、日本語のような悩みはありませんが、独特の難しさもあります。今回は中国語の固有名、人名の翻訳に焦点を当ててみましょう。
中国語の固有名詞・人名は誰が決めるのか?
日本語の固有名詞はほとんどが漢字のため、それに対応する簡体字(繁体字)を当てればよいのですが、他の外国語はそのたびに音が近い漢字を探さなければなりません。しかし、それぞれ勝手に自分の好きな漢字を当てて良いわけではありません。そんなことをすれば表記された人物が一体誰なのか分からなくなってしまい、混乱必至です。
中国人以外の人名の漢字表記は主に新華社通信の専門部署が外交部(中国外務省)や教育部(中国文部省)と協議して決めていると言われています。メジャーな人名(例えば、スミスやヘンリーなど)は、1965年に新華社や外交部など関係部門が発表した「英語姓名訳名手帳」に表記が定められているそうです。
トランプ氏もその「英語姓名訳名手帳」に「特朗普」と定められていましたが、2017年に大統領に就任した直後は台湾や香港のメディアで「川普(Chuān pǔ)」という表記も用いられ、のちに「特朗普」に統一されたという経緯があります。確かに「川普(Chuān pǔ)」の方が英語の元の発音に近い気はしますね。
ただ、海外企業が中国進出する場合は、新華社や政府が特定の呼称を押し付けるわけではありません。企業にとってはどのような漢字を当てて、どのように発音してもらうかは重要なブランディングの一環。そのため、各企業とも自社のイメージが伝わるような漢字を組み合わせ、覚えてもらいやすい音になるように心を砕きます。
例えば、中国でも圧倒的なブランド力を確立しているユニクロの中国語名は「优衣库(Yōuyīkù)」です。ユニクロのもともとの音に近いだけでなく、漢字から「質の良い衣服の倉庫」を連想させる、さすがの訳です。
近年、中国への進出が著しい、インテリア製品を扱うニトリの中国語名は、創業者の「似鳥」という姓をそのまま翻訳していません。なぜか「宜得利家居(yí dé lì jiā jū)」という名称に変化しています。その一つの理由は北欧のインテリアショップ「IKEA」(中国語名:宜家家居/yí jiā jiā jū)を意識しているのかもしれません。ちなみに、名称の中に入っている「得利」は「もうける」という意味です。
さらに大手ショッピングモールであるイオンは「永旺(yǒng wàng)」に変わり、「永遠に光り輝き続ける」という意味を含んでいます。しかし、これはもはや知らなければ「イオン」とは気づけないレベルに達しています。
「日本語だからすべて漢字」ではない
日本語は中国にとっては外来語ですが、基本的に漢字表記のため、英語名に比べて変換の手間が省けます。しかし、日本語の人名の中にも平仮名やカタカナが含まれている場合もあります。
例えば、宇多田ヒカルさんは「宇多田光(Yǔduō tián guāng)」、浜崎あゆみさんは「滨崎步(Bīn qí bù)」など、日本語の音に合わせて漢字が当てられる場合があります。この場合、日本では極めて知名度の高い人物でも、中国語で言われるとすぐに反応できないという現象が生まれます。
私が中国にいた頃、相手は私が日本人であることを知り、話題を合わせようと「ビンチーブーの歌はいいよね!」と振ってくれるのですが、頭の中で「ビンチーブー…ビンチーブー…誰?誰?」と必死に漢字に置き換える作業をしていたことを思い出します(「ビンチーブー」は浜崎あゆみさんです)。
さらに音だけで判別が難しかったものにドラマやアニメのタイトル名があります。以下の中国語名から日本語のオリジナルタイトルを当ててみてください。
①足球小将(Zúqiú xiǎojiàng)
②龙珠( lóngzhū)
③樱桃小丸子(yīngtáo xiǎo wánzi )
④蜡笔小新( làbǐ xiǎo xīn)
⑤灌篮高手(guàn lán gāoshǒu)
⑥进击的巨人(jìnjī de jùrén)
⑦鬼灭之刃(guǐ miè zhī rèn)
⑥、⑦は簡体字が読める方ならそのままお分かりになると思いますが、「進撃の巨人」「鬼滅の刃」です。②の「ドラゴンボール」も比較的分かりやすいでしょう。上の7つのタイトルを眺めているだけでも分かるのは、中国語のタイトルの付け方の特徴としてやたらと「小」を入れたがること。ご存じのように中国では年下や子どもを愛称で呼ぶときに「小」を付けるため、その影響があるのでしょう。①は「キャプテン翼」、③は「ちびまる子ちゃん」、④は「クレヨンしんちゃん」、⑤はちょっと分かりづらいですが、「スラムダンク」です。
地名はどうなる?
日本人が中国の地名を発音するとき興味深いのは、基本的に日本語の読みに従って読まれるにも関わらず、なぜか「北京」は「ペキン」と中国語でも日本語でもない読み方で読まれ、「上海」は中国語で読まれるということです(ちなみに「ペキン」という読み方は中国南部の方言に由来する歴史的な読み方で江戸時代から用いられてきたとのこと)。
また、海外の地名は基本的には現地の音訳に近づけた発音の漢字が当てられます。例えば、ニューヨークは「纽约(Niǔyuē)」、パリは「巴黎(Bālí)」、ロンドンは「伦敦(Lúndūn)」という具体です。
ただ、歴史的な事情でまったく中国語独自の表記がされることがあり、驚かされます。具体的には、サンフランシスコは「旧金山(Jiùjīnshān)」でホノルルは「檀香山(Tánxiāngshān)」などです。
まとめ
固有名詞、人名は知らなければどうしようもないため、新しい人名やトレンドのドラマやアニメに関しては中国語でどのように翻訳されているのか、チェックしておくことが求められます。
最後になりますが、作家の吉本ばななさんのお名前が果物の「香蕉(Xiāngjiāo)」ではなく、「芭娜娜(bā nà nà)」と訳されていることに安心しました。
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著者プロフィール
YOSHINARI KAWAI
2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。
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