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執筆者の写真SIJIHIVE Team

「単なる引っ越し」と「移住」の略意


昨今の状況もあり、現在ガーナから日本へ一時帰国しています。

先日(自粛要請がここまでひどくなる前に)犬を連れて近所を散歩していたら、引っ越し会社のトラックが止まっており、家具や電化製品の積み込みをしているところを見かけました。「3 月って日本の引っ越しシーズンだったな~」と何とはなしに足をとめて見ていたら、一つの疑問が頭に浮かんできました。それは、「引っ越し」と「移住」とどう違うんだろう、ということ。


約 2 年前に妻とガーナにボランティアのために移動した自分のことを考えても、ガーナに「引っ越し」たのか、それとも「移住」したのか?「引っ越す」にしてはアフリカは遠いし、かと言って「移住」したと言えば、家族や友人はびっくりするでしょう。

単純に思いつくのは「移住」は「永住」とほぼ同義語で、再び離れた場所に戻ってこないことを前提にしている感じはします。深堀してみたら面白そう、と思い調べてみると、ちょっとした言葉の使い分けが日本人のメンタリティとも繋がっていることが分かりました。



引っ越し=今の生活レベルのまま、別の場所へ移動(だいたいは同じ国内)


「引っ越す」の語源を調べてみると、もともとは「引き越す」という動詞から来たようです。「越す」は山や川を越えて別の場所に移ること、というのはイメージがわきやすいですが、「引く」とは一体何なのか?

この点に関しては所説あるそうですが、一つは荷車などを「引く」、つまり引っ越しの際に家財道具を引いて運んでいる動作、そしてもう一つは「引く=退く」、これは住んでいた家を引き払って別の場所に移る、ということだそうです。


このように「引っ越し」という言葉の由来については今でもはっきりしたことは分からないようですが、それでも一つ確実なのは、この語はあくまでも、今いる場所から別の場所に移動する「動作」であり、移動した後のことはそこに含まれていないことです。



移住=今の生活レベルが大きく変わる可能性と決意を秘めた移動(国内外含む)


それに対して「移住」ですが、この語は「移」と「住」の二つの漢字から構成されており、引っ越したあとにそこに住み続ける決意のようなニュアンスが含まれています。それゆえに日本語で「移住」とは 100 % 自発的なものであり、会社や学校の都合でやむなく「移住」するとはまず言わないでしょう。


中国語で「住」という動詞は旅行先でホテルに滞在する、という意味でも使いますが、日本人はホテルに「泊まる」と言います。それだけ日本人にとって「住」とは軽々しく使えない言葉なのです。


3 月 11 日で東日本大震災から 9 年が経過し、被災地の方たちのインタビューをテレビで拝見する機会がありましたが、ある方は「ふるさとは空気のようなもので、それがないと生きていけない。だから、復興がどれだけ遅れていようとも、ここを離れることができない」と述べておられるのが印象的でした。しかし、中にはそうしたメンタリティを持ちながらも、被災のトラウマゆえに、あるいは仕事や子供のことを考えて、「移住」を決意する方たちがおられます。それらの方に対して、「引っ越す」という言葉を使うのは、日本人であれば違和感を感じますし、敬意を失するような感覚さえ覚えるのではないでしょうか。


では、日本で働く外国人労働者は「引っ越し」てきたのでしょうか?それとも「移住」でしょうか?この点、日本の政府は前者の見解をとるのではないかと思います。

なぜなら、政府は繰り返し外国人労働者の在留資格について述べる際、「移民」「移民政策」という言葉を回避し、彼らはあくまでも一時的な「研修生」「技能者」に過ぎない、という点を強調しているからです。

つまり、こちらとしては「引っ越し」て来て働くのは受け入れるけど、国籍を取得したり、家族を連れてきたりして「移住」したらダメ、というスタンスです。


ここにまた日本人のメンタリティが垣間見えます。自分たちもよほどのことがない限り「移住」しないから、日本にも簡単に「移住」してこないでね、ということです。しかし、現実は人が動いて、そこで働き続ければ、拠点が生まれ、そこに生活が育まれます。現実には外国人労働者はすでに「移住」しているのでしょうし、日本人も受け入れる側として、それを認めなければならないのかもしれません。


さて、自分は一体どうなんだろう?ガーナに「引っ越し」たのか、それとも「移住」したのか、と改めて考えてみます。そのどちらもしっくりしない感じがします。

結局は日本とガーナのどちらに拠点を置くのか、ということになりそうですが、私はその間で物理的にもメンタリティとしてもまだ揺れ動いています。

正直言って、ガーナを知れば知るほど単純にガーナが大好きになって移住しても良いと思えるわけではなく、いままで気づいていなかった日本の良さも知ることもでき、どちらにも目配せしていたいと思っているのです。


参考資料:



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著者プロフィール

YOSHINARI KAWAI

2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、その後約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。現在はアフリカのガーナ在住、英語と地元の言語トゥイ語と日々格闘中。

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