最近、『ライ麦畑で捕まえて』(J・D・サリンジャー、野崎孝訳/白水 U ブックス)を久しぶりに手に取る機会がありました。じっくり読んだわけではなく、パラパラとページを繰りながら、かつて大学時代に読んだときの感覚を思い出していただけですが、チラチラと登場する「奴さん」という表現が目につき、「当時もなんだか気になったんだよな~」と1人で苦笑いをしていました。
「奴(やっこ)さん」とは辞書によると「同輩またはそれ以下の他人を親しみや多少の軽蔑を込めて呼ぶ語」で、今で言えば「あいつ」と言い換えられるかもしれません。翻訳者の野崎孝さんが『ライ麦畑でつかまえて』を翻訳して初刊が出たのは今から60年前の1964年ですから、時代を感じさせる訳であり、今読むと違和感を感じても仕方ありません。
もし、2024年に翻訳者が「奴さん」という言葉を使おうものなら、何か特別な意図でもない限り、「時代錯誤」の烙印を押されてしまうでしょう。「言葉は生き物」と言われることもありますが、時代と共に変化する日本語にキャッチアップすることは、翻訳者にとっても必須であり、仕事のクオリティを保つ上で欠かせません。
今回の記事は、翻訳者が時代の様相に合わせた言葉選びをするために欠かせないトレンドワードや新語、時事ネタをキャッチするコツを紹介します。
SNS やオンラインニュースを活用する
多くの方がトレンドをつかみ、新語を知るために利用しているもっとも一般的なツールは SNS やオンラインニュースでしょう。
例えば、X(旧 Twitter)上では話題になっているツイートやハッシュタグ、アカウントなどが表示されるようになっており、タイムリーに情報をキャッチできます。また、各年代層によってメインで使う SNS が異なります。例えば、10代は TikTok、20代は YouTube、Instagram、30~40代は Facebookといった具合です。特にマーケティング翻訳では、訴求したいペルソナを意識することが重要になってきます。
また、Yahoo!ニュースなど、オンラインニュースでは見出しをチェックするだけでも刻一刻と移り変わるトレンドをつかむことができます。Yahoo!には見出しの下の欄にトレンドワードがピックアップされており、クリックすると、急上昇の背景にあるニュースや話題をチェックできます。
特に、日本語の中でも常に進化しているのがカタカナ語です。IT やファッション業界では日々新たなカタカナワードが登場しているため、定期的に流行語ランキングを確認したり業界のメディアや Web をざっと見ておくだけでもトレンド情報の感度を維持することができます。
私の場合、以前中国に住んでいたこともあり、日本語のオンラインニュースだけでなく百度のトップページにある「百度热搜」をよくチェックします。例えば、2024年4月21日には「日元贬值 日本 LV 店里都是中国人(円安の影響で日本のルイ・ヴィトンには中国人が溢れかえる)」という記事が目に留まりました。そこから辿っていくと、「”LV 店里都是中国人!”日元贬值下,海外游客涌入”扫货”」という記事を見つけました。見出しに使われている「涌入(Yǒng rù)」「扫货(sǎo huò)」が気になり、調べてみると、それぞれ「溢れる」、「買い占める」という意味があることが分かりました。このようにして、トレンドワードをチェックすることで翻訳者としての語彙力も少しずつ増やせるという訳です。
Google トレンドを活用する
Google トレンドとは、Google が提供しているキーワードの検索回数の推移が調べられるツールです。Google を使った検索は全世界で利用されているだけに、Google トレンドを使えば、まさに世界中の人たちが今なにを知りたいと思っているのか、最新かつ信頼度の高い情報を得られます。過去数年にわたる検索回数や、国別、地域別の検索回数の推移もチェックできます。
翻訳者がトレンドワードを知る上では「急上昇ワード」が役立ちます。この機能を使えば、検索のボリューム数が急上昇しているワードやトピックを確認することが可能です。関連性の高い記事もチェックできるため、トレンドワードの周辺知識も収集できます。
本屋に行ってみる
ネットでの情報収集は便利ですが、たまにはリアル書店に出かけ、トレンドをチェックするのもおすすめです。特に大型書店には毎日数百点もの書籍や雑誌が入荷し、新刊コーナーの棚に次々に並べられ更新されるため、入口付近の棚を眺めるだけで世の中のトレンドをウォッチできます。
また、週刊誌や月刊誌などのコーナーにいけば、人々が関心を持っているニュースやテーマが一目瞭然です。雑誌ではネットニュースよりも情報を深掘りしているため、気になるテーマを特集している場合は購入してじっくり自宅でも読むのも良いでしょう。
リアル書店の良いところは、気になったトピックがあれば、本を手に取ってパラパラと読むだけでもネットでは得られない深みのある情報を手に入れることができる点です。また、Googleトレンドにしても、SNSにしても関連のあるテーマに関する情報の紐づけは得意ですが、自分が思いつかないようなジャンルやトピックにジャンプして繋げるには限界があります。この点、書店の中を歩き回れば自分が普段触れないような情報も目に飛び込んでくるため、翻訳者としての引き出しも増えていきます。
まとめ
ネットニュースで検索したトレンドワードを、翻訳する際にすぐさま使用することはおそらく多くはないでしょう。しかし、翻訳者として適切なワードをチョイスするためには、自分の中に「豊かな言葉の海」を持っておく必要があります。
時間的な制約もあるため、毎日多くの時間をトレンドチェックのために割けるわけではないですが、数分でも時間を確保しておけば、誰かから聞いた話や目にしたニュースを取っ掛かりにして知識を増やしていくことができるでしょう。もっとも、ネットニュースや SNS チェックの際には、自分の興味が向くままに時間を浪費することがないようにも注意したいものです(自戒を込めて)。
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著者プロフィール
YOSHINARI KAWAI
2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。
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