辞書は「時代を映す鏡」といわれますが、2021年に約8年ぶりに改定された「三省堂国語辞典」(愛称は「サンコク」)には、総計約8万4,000語のうち約4%にあたる約3,500語が新たに加えられました。
その中にはすっかり普段使いの日本語として定着した「エモい」も含まれます。ちなみに「サンコク」では次のように定義されています。
【エモい】(形)〔俗〕心がゆさぶられる感じだ。(略)ロックの一種エモ(エモーショナルハードコア)の曲調から、2010年代後半に一般に拡がった。古語の「あはれなり」の意味に似ている。
面白いのは「エモい」が中国語でも使われていることです。中国語では完了を表す「了(le)」と組み合わせて「我 emo 了」と用いられることが多いです。日本語のように「エモ」ではなく、「イーモー」と発音します。ただ、過去のブログ記事でも説明したように、その語に含まれる感覚は日本語のそれとは若干異なり、どちらかといえばネガティブな感情を表す語です。
今回はこの「emo」を深掘りし、その具体的な使用ケースをご紹介すると共に、知っていると得する「エモい」感情表現をいくつか説明します。
「emo」の具体的な使用場面
中国語における「emo」の語感を掴むために、どんな場面でこの語を使うかいくつか紹介します。
ケース①:吃个饭居然遇到前男友带着新女友吃饭,瞬间我就 EMO 了。(Chī gè fàn jūrán yù dào qián nányǒu dàizhe xīn nǚyǒu chīfàn, shùnjiān wǒ jiù EMOle)
意味:ご飯食べてたら、元カレが新しい彼女を連れて食事をしているのに出くわして、もう辛すぎる。
ケース②:熬夜起来的早上发现几根头发又离我而去了,太让人EMO了~
(Áoyè qǐlái de zǎoshang fāxiàn jǐ gēn tóufǎ yòu lí wǒ ér qùle, tài ràng rén EMOle ~)
意味:徹夜明けで起きたらまた抜け毛が‥‥もう嫌になる~
ケース③:工资永远都跑不过房价,我EMO了。
(Gōngzī yǒngyuǎn dōu pǎo bùguò fángjià, wǒ EMOle.)
意味:給料が家賃を上回ることはあり得ないなんて、しんど過ぎるよ~
いかがでしょうか?どれも「あはれなり」に似た感情とされる日本語の「エモい」とはかなり異なったニュアンスになることがお分かりいただけると思います。むしろ日本語では「気持ちが落ち込む」、「へこむ」、「テンションが下がる」といった表現が近いでしょう。
「深夜 emo」とは?
近年ではさまざまなシーンで使われるようになった emo ですが、ここから派生して「深夜(Shēnyè)emo」という言葉も生まれています。これは一体どういう意味なのでしょうか?
中国語の「emo」から想像がつくかもしれませんが、「深夜 emo」とは「深夜の時間帯に一人でスマホを見ながら、あるいは突然何かを思い出すことで、感情面で落ち込んでしまうこと」を指します。
東南大学附属中大医院心理精神科の劉医師によると、「ネット上で emo を使う若者たちが増えているのは、自分の落ち込んだ気持ちを表現することで、感情的な共鳴や関心を払ってもらうことも求めているのであり、ネット上で拡散しやすい」と指摘しています。専門家は emo の感情は若者にはありがちであることを認めながらも、それが続くようならうつ病の可能性もあるため、医者のアドバイスを受けることを勧めています。
日本語の「エモい」は中国語でどう言うの?
日本語のエモいは「サンコク」によると「あはれなり」に近いということでしたが、そもそもこの古語を定義することは非常に困難です。「あはれなり」は「しみじみとした趣がある」と訳されますが、予想外の体験をして心が動いたときの感情を表すのに使われました。
よく知られているのは、枕草子の「春はあけぼの」の下りで、「鳥が寝床へ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽と飛び急いでいる様子」が「あはれなり」と描写されています。確かにこの情景を「エモい」と言い換えてもまったく違和感がないのが驚きで、日本人の感情は清少納言の時代から連綿と受け継がれているのだなと感じさせられます。
さて、この何とも形容しがたい感情を中国語で表せるのでしょうか?
「エモい」の訳語としてふさわしいかは分かりませんが、「言葉には表せないけど、美しい」という意味の成語はたくさんあります。例えば、
无与伦比(Wúyǔlúnbǐ)=比較できない素晴らしさ
妙不可言( miào bùkě yán )=言葉に表せない素晴らしさ
难以描述(nányǐ miáoshù)=表現できない
ただこれらの成語を使うと、堅苦しい感じがするのも事実です。日本語の「エモい」はもっと直感的で、思わず口をついて出る心揺さぶられる感情、そうなると中国語では「感人(Gǎnrén)」が一番近いのでは、というのが私見です。
中国語の「感人」は「人を感動させる、感情を揺さぶる」という形容詞であり、映画や小説、相手の言った言葉、音楽、見た景色などを説明するために使われます。「感动(Gǎndòng)」という単語に比べて、しみじみとした、じんわり感じる感動を表す言葉であり、日本語の「エモい」の意味にかなり近いのではと思います。
那部电影很感人,我控制不住流眼泪。
(Nà bù diànyǐng hěn gǎnrén, wǒ kòngzhì bù zhù liú yǎnlèi.)
意味:その映画はとてもエモくて、涙腺崩壊した。
「感人」使用上の注意
ただ、やはり日本語の「エモい」のように若者中心に使われているわけではありませんし、ネット上では別の意味に使われることもある点に注意が必要です。
例えば、「智商感人(Zhìshāng gǎnrén)」という言葉がネット上で使われることがあります。「智商」とは「IQ」のことで、直訳すれば「感動するほどIQが高い」という意味になりそうです。しかし、ネット用語で「感人」は相手を馬鹿にする意味で使われることもあり、「智商感人」も、「感動するほどの IQ」から転じて「感動するほど IQ が低い」、さらに「正真正銘のバカ」のような意味でも使われます…。
まとめ
今回は「エモい」「emo」を比較し、日本語と中国語のニュアンスの違いについて比べてみました。つくづく言葉は文化や文脈に応じて変化し続ける「生き物」だと感じさせられます。今後もこのブログでは変化し続ける中国語をウォッチしつづけたいと思います。
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著者プロフィール
YOSHINARI KAWAI
2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。
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