世界を不安に陥れている今回の新型肺炎。中国の武漢に端を発したものですが、世界一の人口を抱え、しかも世界各地を移動する中国人が主な媒介となって急速な広がりを見せました。
そのため、パニックに陥った人々が、中国人を(とりわけ武漢の人を)敵視し始める声も聞こえてきます。民族として敵視するのは何ともいたたまれませんが、発病地であるという事実は事実。人権問題と疫病対策は別物だと理解して、適切な国境対策を講じることが重要です。
そもそも今回の感染の拡大は、春節時期との重なりと在外気質が強い中国人たちの移民傾向にも大きく関連します。そこで今回は、移民輩出大国としての中国にスポットライトを当ててみたいと思います。
世界中に散らばる中国民たち
さて、私は現在中国から遠く離れたアフリカのガーナで生活している訳ですが、今でも毎日どこかしらで中国の方にお会いします。ガーナでは 2000 年代から金の採掘を目的として、大量の中国人が流入してきたといわれています。今では、中国人のみならず「外国人」の金採掘がガーナでは禁止されていますが、それでも一攫千金を夢見る中国人が次々と移動してきています。
ガーナでの金採掘に関して言えば、その大部分を占めていたのは広西省出身の中国人でした。成長著しい沿岸地域とは裏腹に中国ではその発展から取り残されている地域も多くありますが、広西省もその一つです。ガーナで知り合った広西省出身の友人に聞くと、自分と家族の生存のためには移住しかなかった、と語っていたのが印象的でした。また、2019 年に中国全体の大学を卒業したのは何と 830 万人。これは香港の人口を上回る数で、国内だけはとても吸収しきれず、就職口が見つからない若者たちが多く取り残されてしまいました。
また、華僑社会を見ればわかりますが、彼らは海外でのコミュニティを非常に重視します。これは中国人に限ったことではありませんが、見知らぬ国でビジネスを成功させるためにはコネがどうしても必要です。それで必然的に親族同士、おなじ故郷の出身者同士が集まりあうことになり、これがまた中国人への海外移住を加速させることになります。
実は「移民大国」トップはインド
ただ、注意しなければならないのは、「移民数」だけでこの現象をみると事実を見誤ってしまうということ。実は世界一の移民大国はインドであり、その次はメキシコ。中国はナンバーワンではないのです。また、世界のどこにいてもこれだけ中国人を見かけるのは、とにかく中国の人口が多いためであり、発展途上国の人口に対する移民の比率が 20 パーセント前後に対して、中国人は 0.7% にとどまっています。比率は飛びぬけて高いわけではないにしても、とにかく分母が大きいため移民数が多くなってしまう、ということも念頭においておきましょう。
日本人からすると、あれだけ広大な中国から仕事のためにわざわざ国外に出ていく必要があるのか、という気もしますが、どれだけ経済が発展しようとも、14 億人という人口を国内経済だけでまかなうことは困難で、「ところてん」のように中国から押し出されるようにして、一部の人たちは中国からの移住を決断するというのも合点がいきます。
また、経済的な理由以外で移民を決断する人も最近は多くいます。中国で一流企業で働き、高い給料をもらっている富裕層の移民が近年特に目立っています。中国大手調査会社「胡潤百富」が 2016 年に発表したデータによると、中国人が移民する理由の第 1 位は「子供の教育」が 22% で、二番目は「大気汚染」で 20%、そして「食品の安全」が 18% だったそうです。中国内での生活に余裕が出てきた人たちは、より良い環境で子供を育てたいという願いゆえに、移民を決めるのです。以前、中国で日本語教師をしていたとき、学生の一人が卒業し、数年経って結婚・出産を報告しにきてくれたことがありました。その子はいずれはアメリカに移り住んで、永住権を取得したいと言っていたことを思い出します。彼女は「この子には自分と同じような受験戦争やイデオロギーに偏った教育を受けさせたくない」ということを理由に挙げていました。
心理的な偏見のない社会づくりに向けて
日本でも国籍取得者を含めて、在日中国人の数は 96 万人にも上ると言われています。日本に移住する中国人はかつては日本で短期間がっぽり稼いで親孝行したいという経済的な理由が多かったものの、今では留学生を中心に「日本という国そのものが好きだから」という人たちも多くいます。
見えてくるのは、移住する中国人一人一人にはそれぞれの移住の理由と人生があるということです。多くの場合、偏見は個人を個人としてみるのではなく、国籍や出身地、肌の色などでカテゴライズすることから生まれます。中国で始まった新型肺炎ですが、すでに誰もが感染し、感染させる可能性のある段階に入ってきています。病気に対する対策、感染予防はしっかりとしたうえで、この問題を逆に中国や中国人を理解するきっかけにしたいものです。
参考資料:
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著者プロフィール
YOSHINARI KAWAI
2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、その後約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。現在はアフリカのガーナ在住、英語と地元の言語トゥイ語と日々格闘中。
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